2013年12月29日日曜日

2013年3都市リサイタル・シリーズによせて

皆様、お健やかにお過ごしの事とお慶び申し上げます。

本年、2013年(平成25年)2月22日にヴォルフガング・ザヴァッリッシュ先生が亡くなられ、大変悲しく思います。

ザヴァッリッシュ先生に初めてお会いしてから、来年で30年になります。当時17歳だった私は、日本のNHKテレビとドイツの国営第二テレビ放送局ZDFとオーストリアのテレビ放送局ORFにより企画された「日独交換演奏会」のドイツ側の演奏会のソリストに抜擢されたのでした。恩師アンナ・シュタードゥラー先生は、とても喜んで下さいました。何のコネクションもなく、ヨーロッパ各地の主催者同士の口コミだけで各地に呼ばれて演奏活動をしていた私に、このようなお話が来た事を、二人で不思議がっておりました。随分後になって知ったのですが、ザヴァッリッシュ先生が私の演奏を聴かれ、この「日独交換演奏会」に推薦して下さったのでした。

この日独間の「交換」演奏会とは、先ず東京のNHKホールからNHK交響楽団とザヴァッリッシュ先生の指揮でアンネ=ゾフィー・ムッターをソリストに迎えての音楽会を生放送で日本のNHKテレビ、ドイツのZDFテレビとオーストリアのORFテレビで3ヶ国同時に衛星中継し、その「お返し」として、1984年(昭和59年)5月13日にミュンヘンのオペラハウスから若杉弘先生の指揮でバイエルン国立管弦楽団と私が、矢代秋雄先生のピアノ協奏曲を演奏した音楽会が、同じく生放送で日本のNHKテレビ、ドイツのZDFテレビとオーストリアのORFテレビに3ヶ国同時に衛星中継されたのです。この「母の日」に、日本にいる母がテレビで私の演奏が聴けたのは、嬉しいプレゼントになりました。

この「日独交換演奏会」の事前の打ち合わせにと、私はミュンヘンのバイエルン国立歌劇場に呼ばれた時、ドキドキしながら「音楽総監督」と書かれたドアをノックすると、「どうぞ」のお返事にドアを開けました。ザヴァッリッシュ先生がにこやかに迎え入れて下さり、ウィットを秘めた、とても澄んだ、温かい眼差しで「君が藤原由紀乃君だね」と微笑みかけて下さいました。私の緊張感は一気に消え、とても和やかな雰囲気の中、日程や曲目、アンコールに至までの打ち合わせが成されていきました。ザヴァッリッシュ先生は最後に2冊の黒くて大きな本を棚から取り出され、「これは、今迄演奏した曲の記録なんですよ」と私に見せて下さいました。「こちらの本は作曲家と作品別で、それらをいつ、どこで演奏したかを書いておいて、もう一冊のほうには全ての演奏会を日付順にし夫々の曲目を記しておく。そうすれば、以前、どの都市でどの曲を演奏したのかが、一目だ確認できて、とても便利ですよ。」と教えて下さいました。

2001年(平成13年)にザヴァッリッシュ先生が来日され、ご多忙にも関わらず、NHK交響楽団用の大きなリハーサルスタジオで、私一人だけのオーディションをして下さいました。お知らせを受けてから日にちがなかったので、サッと出せる中からバッハの半音階的幻想曲とフーガ、ブラームスのパガニーニヴァリエーション全2巻、シューマンのトッカータなどを弾かせて頂きました。演奏後、ザヴァッリシュ先生が「素晴らしい!」と仰って下さった時は、私は「シュタードゥラー先生!ザヴァッリッシュ先生が、このツィーグラー奏法の素晴らしさを認めて下さいましたよ!」と心の中で歓声をあげていました。アンナ・シュタードゥラー先生のライフワークである、ベアタ・ツィーグラー奏法の素晴らしさを解って下さる方が、尊敬するザヴァッリッシュ先生であった事が有り難く、胸が熱くなりました。ザヴァッリッシュ先生は「や〜、オーディションという場で、あのパガニーニ・ヴァリエーションが聴けるとは!しかも全2巻を!」と仰り、私に「ピアノ・コンチェルトのレパートリーは?」と尋ねられ、「全てあります」との答えに頷かれました。その後はピアノ協奏曲のお話で盛り上がり、ザヴァッリッシュ先生が曲の初めのホルンのソロを歌って下さる中、ブラームスのピアノ協奏曲 第2番を少し弾かせて頂いたりと、和気あいあいとしたオーディションでした。

ザヴァッリッシュ先生は、持病の悪化の為、再来日が叶わなくなられ、先生との日本でのピアノ協奏曲は実現しませんでした。しかし、恩師アンナ・シュタードゥラー先生と同様、ヨーロッパ音楽の内面的な伝統を同じ様に汲んでおられ、同じ様に偉大な音楽家であられたザヴァッリッシュ先生が、ツィーグラー奏法による演奏を絶賛して下さった事は、ツィーグラー奏法にご生涯をかけられたシュタードゥラー先生のご苦労が報われた!と感じた。何よりも嬉しく、有り難い事でした。

今度は、私が一生涯をかけていく番です。その事を、ザヴァッリッシュ先生は2月22日を通して、私に激励下さったように感じております。心新たに、誠をこめてまいります一音一音の響を、6月8日の大阪ザ・フェニックスホール、6月30日の東京文化会館小ホール、そして7月6日の名古屋 電気文化会館 ザ・コンサートホールにて、お聴き戴けましたら、この上ない幸せでございます。

平成25年3月吉日 日本ベアタ・ツィーグラー協会  藤原由紀乃